このブログを始める切っ掛けになった私の出産体験記です。

出産予定日を超過して、妊婦検診も頻回になったあたりで内診グリグリを受けて、そこから何かお腹の痛みを感じ始めました。

出産予定日超過後の妊婦検診で内診グリグリから始まりました。

内診グリグリ当日@40w5d

グリグリは結構痛い!そしてその後おしるしなのか、出血が始まりました。

予定日もすっかり超過して、40w5dに検診に出かけました。

いつも通りエコーや内診を行います。
その結果お腹の位置も下がっていないし、赤ちゃんも下りてきていないですねー、子宮口もまだかたくて、指1本分くらいかな?とのこと。

このまま陣痛がこなかったら、4日後の41w2dに入院して出産に臨みましょうという話をして、入院の予約も済ませ、きっとこのまま陣痛こなくて入院して計画分娩だなあくらいに考えていました。

そして帰宅後には内診の影響なのか下着が少し汚れる程度に出血があり、おしるしってやつかなあでも内診したからだよなーとゆったり構えていました。

この日、遅くても4日後には今お腹にいる子が産まれてくることが決まりました。

内診グリグリ翌日@40w6d

内診グリグリから始まった出血の量が何だか増えて不安になって産院を受診しました。

翌日になり40w6dになりましたが、どうもお手洗いに行くたびに下着の汚れが気になります。

それが何だかちょっとドバっと出た感触があり、「破水したかな?羊水漏れてたらどうしよう…」と不安になり、前日診察してもらったばかりですが念のため婦人科を受診することにしました。

その結果は前日とほぼ変わらず。

子宮口もまだ開いてきていないし、破水もしていないから家で様子を見てもらって大丈夫、また気になることがあったら連絡をくださいねと言った様子です。

破水をすると感染症のリスクなどもあるという事だったので、破水でなければひとまず大丈夫と安心して帰宅しました。

内診グリグリ2日後@41w0d

なんだかお腹が痛い…気がする、生理痛みたいなどんよりとした痛みが出始めた。

出血は続き、だんだんと下腹部に生理痛のような鈍痛を感じ始めます。

気が付けば何だかちょこちょこ生理痛のような痛みを感じ始めて、陣痛アプリでの記録を始めたのが、41w0dの15時くらいのことでした。

この時点ではまだ全然余裕のある痛みで痛いなーと思いながら日常生活が問題なくできるくらい。

10分~30分ほどのまちまちの間隔で痛むので、陣痛だとは思いませんでした。

前駆ってやつかな~よくわかんないけど、痛みの間隔も詰まってないし、規則的に痛むわけでもないしまぁいっか程度の状況です。

入院予定日も決まっているので、きっとその日に計画入院になって出産に至るだろうと思い込んでいた為に普段と変わりなく過ごしました。

内診グリグリ3日後@41w1d

夜になって増してきたお腹の痛みで寝付けずに朝を迎えることになりました。

内診グリグリ2日後を終えて、3日後に日付が切り替わる夜のことです。

この日は寝ようと思ってベッドに入ったものの痛みが増してきたこともあり、一晩中痛みのたびに覚醒しました。

でも相変わらず痛みの間隔が詰まらないし、痛みの間隔もまちまちなのです。

陣痛は間隔が規則的という事前知識の為、痛いなぁ前駆陣痛ってやつかなぁ、でも前駆は出産に直結する痛みじゃないらしいし、予定通り入院して計画分娩かなぁと考えながら痛みに耐えて夜を明かし、朝には結構疲弊していました。

痛みは7分~20分間隔くらいをうろうろしています。

痛みの程度は寝ていても目が覚めたり起きていれば動きをとめたりするような状況でした。

元々生理痛が重めなこともあり、生理痛で寝付けなかったり、その痛みで目覚めることもあったためにまだ余裕があります。

痛いけど余裕というか、まだ経験上あるタイプの痛みの質と強さだったのです。

そしてこの日主人は泊りがけの勤務に向かいましたが、もう翌日には計画分娩の入院予定だった為に昼過ぎから実母が来る段取りになっていました。

母に痛みがある事を伝えると、少し予定していた時間よりも早めに来てくれることになりました。

仲がいい時ばかりではない母子ではありますが、やっぱり実母の付き添いは心強いし有難いものです。

お昼過ぎの15時、陣痛なのかな陣痛じゃないのかなどんどん増す痛みに不安を覚え始めます。

母を待ちながらもどんどん強まる痛みに不安を感じ始めたのは、内診グリグリから3日後のお昼を過ぎた15時くらいでした。

よくわからない痛み開始からこの時点でおよそ24時間です。

痛みの間隔は短くなるものの、まだまだブレブレで5分~15分くらいと不規則な状態。

不規則なのでどうしていいかわからず、とにかく様子を見ながら過ごしているうちに母が到着しました。

入院予定は明日朝8時でまだまだ時間に余裕もありますし、母が来てくれた安堵感も手伝って出産前に済ませておきたかったワンコズのトリミングに出かけました。

でも痛みで立ち止まりながらです。

大きな臨月のお腹を抱えて痛みに苦しんで立ち止まる姿は、すれ違う方々を冷や冷やさせたかもしれません。

でもその横には実母の付き添いがあったので、トリミングサロンやスーパーで痛みをこらえながら用事を済ませました。

付き添いがあったから外出したり用事を済ませたりすることが出来ましたが、この時点ですでに1人で外出するということは選択肢にはないくらいの痛みがありました。

夕方18時くらいから耐えがたい痛みに土下座での痛み逃し?を開始します。

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痛みは更に増して、痛くなるたび床にひれ伏して土下座状態。

祈ってるのか謝ってるのかわからないですが、その姿勢がいちばん楽だったのです。

私:『ーーーーいたーーーーい…』

母:『うんうん、痛いねえ』

私:『間隔バラバラ、なにこれ陣痛?わかんない!けど痛い!』

母:(土下座してる私の背中をさすりさすり)

相変わらず間隔はバラバラで、4分~10分くらい。

でも初産なこともあるし痛みの間隔も長いとき10分あくし、どちみち明日入院だし、主人泊りだから今日じゃ立ち会ってもらえないし、痛いけど陣痛かわかんないし、きっとまだまだお産にはならないだろうと勝手に判断しました。

夜19時~21時くらいには痛みが増して息を止めたくなってくる。

土下座が無呼吸土下座に進化を遂げました。

しかし母に『ふーーーーーーっ』ってするのよーと言われ、痛みの度に『フゥーーーーーーーーうぅぅぅうう、あーなんかもーなんか、今まで迷惑かけたすべての人たちごめんない』と謝ってみたりする。

でも、謝ったところで痛いんだけど、思わず謝りたくなるくらい痛くて。

孫を見せることが出来なかったじいちゃん、助けてくださいと思い始める。

痛いことに疲れてきた。

 亡くなった同居のじいちゃんが妊娠が分かる前に夢に出てきて『おめでとう!』って笑顔で言ってきたので、何がおめでたいのかな、妊娠かな?と思って検査薬をしたら陽性でした◎

そんな訳でこの妊娠に所縁のあるかもしれないじいちゃんに頼りたくなりました。

夜も更けてきた22時、風呂に入ったら痛くて出られません。

痛いけどお風呂入らなきゃ明日からは入院だし、スッキリしながらしっかりあったまって気を紛らわせようなんて思って入浴したものの、浴室で短い間隔の痛みに遭遇することになりました。

短いときは2分、長くて10分くらいの間隔の強い痛みに洗髪も洗体も全然すすみません。

浴槽の中でじーーーっと痛みが去るのを待って、次のインターバルで浴槽でるぞ!と思うのですが、思うようにいかず。

必死の思いでお風呂から上がり、洋服を着る余力もなくタオル一丁で脱衣所土下座を繰り返します、寒い、全然温まれない、おかーさーん。。。痛いよー…

有事の際には「おかあさん」って言いたくなるのでしょうか。

それは一旦置いておくにしても、産院いくんだから素っ裸はだめだ、服着ないと話にならない、どうせ後で脱ぐにしても今は着なきゃだめだ、と自分を奮い立たせて着衣。

痛すぎて入院準備品の産褥ショーツをはきました。

おまたパッカンの準備は完了、これで何があっても大丈夫!

やっとの思いでお風呂から上がれた23時、そろそろキツイから産院行こうかな…。

痛みの為に数えきれないくらい動きを中断されながら必死にお風呂から上がりました。

そして母のいるリビングに戻り、母に横目で見守られながら痛みに悶えたり入院の準備をしたり、悶えたり、母に作ってもらったおにぎりをちまちま食べたり悶えたりしていました。

こういう時っておにぎりが一番食べやすいですね。

そしてこの辺りまできてようやく、産院に電話をして指示を貰うという考えに至りました。

これ以上痛くなったら、動ける自信がないと思ったからです。

これまではどうせ翌日計画出産の為に入院する予定なんだし、一晩くらい家で過ごせるでしょうなんて思っていたのですが、痛みの増し方や不規則とはいえ短いと1分~2分間隔で押し寄せる痛みに気持ちが折れそうでした。

そして自力で動いて移動ができるうちに入院しにいこうと産院に連絡をすることにしました。

そんな状態の中母はTVを見ながら桐谷健太の海の声を熱唱しています、結構本気で。

海の声

海の声

歌う母を尻目に産院へ電話連絡をし指示を仰ぎます、BGMは母VERの海の声です。

めちゃくちゃ痛かったから、今思えば八つ当たりかもしれませんがその歌声にちょっと腹を立てたことを覚えています。

そして産院に電話をして状況を伝えたところ、翌朝8時からの入院予定を早めて、これからすぐに入院を開始することになりました。

本当この痛みはなんなんだろう、この痛みは陣痛なの?お産に繋がるの?それとも前駆とかなの?

陣痛=規則的な間隔の痛みだと信じて疑わなかった私は、今自分が感じている痛みが陣痛なのかどうなのか全くわかりませんでした。

でも陣痛じゃなかったとしてももう限界なので、産院に行くことにします!

本当どうでもいいけど痛い、陣痛じゃないから帰ってとか言われてもいいです、これから産院へ行きます。

陣痛じゃないならないでいいので、もうどうでもいいから助けてください。

でも後から思えばどちみち翌朝入院予定の妊婦なんだから、このタイミングで『帰っていいですよ』とかなさそうですね。

内診グリグリ4日後@41w2d

日付のかわった深夜1時ごろ、痛みの合間を縫って産院へたどり着き、入院しました。

日付も変わり内診グリグリからは4日が経過し、出産当日となる41w2dになりました。

産院に到着した私は玄関口のインターフォンごしに電話連絡したことを伝え、産院の中に入りナースステーションに案内されました。

そしてそこで母子手帳や診察券などを提出し、その後内診台へ上がります。

強い痛みは感じるが痛みの間隔がまちまちであることなどを伝え内診を受けて、お腹に陣痛の強さを測るモニターを装着しました。

そして内診の様子をモニター画面を見ながら助産師さんは『破水はしてないですね、痛いのは陣痛ですねー』とおっしゃいました。

…この痛みは陣痛だったんだ!

間隔がばらばらで不規則でも陣痛だったようです。

痛みが陣痛であるとわかって、安心するような、これからいよいよお産なんだと不安になるような複雑な気持ちになりました。

そんな状況でも、助産師さんはテキパキと物事を進めていきます。

『それじゃあこのまま入院になります、腕にルート(点滴用のチューブをさしておく)とりますね!』そう言って取り出したのは、ルート用のチューブです。

注射系が苦手な私はチューブを見て恐れました。

怖い、怖すぎる、これを腕にさしっぱなしなんて、どうかしてる。

しかしお腹も痛い、もうなんか既にいろいろ痛い。

そうこうしてるうちに、サックリ腕にチューブを装着してくれました。

透明な管で、血が固まらないようにチューブ内を液体で満たしてあります。

テーピングで手首の少し上あたりに固定してくれるのですが、腕を動かすことすら怖いんです。

実際痛いわけじゃないです、怖いだけなんですけど。

その後恐る恐る産院の入院着に着替えて陣痛室に泊まることになりました。

そしてルートとるのにおびえすぎて、チューブ挿したら陣痛遠のいたのでその夜は結構眠れました。

20分、30分くらいまで痛みの間隔があいてくれて、前日なかなか眠れず失っていた体力を少し回復することが出来たのでそれはそれで良かったのかなーと今だから思いますが、注射系はやっぱり苦手です。

私の入院した産院の陣痛室はこんな様子で痛いながらもゆったり過ごすことが出来ました。

※画像はイメージです。(でも似てる)

カーテンで仕切ることの出来るお部屋でベッドが2台あり、お部屋内にお手洗いや流しもあります。

この陣痛室から出ずにお手洗いにいける間取りはとても助かりました。

そして電動リクライニングのベッドの横には陣痛のモニターがあり、それをお腹にくっつけて様子を見ます。

細かく見て下さる看護師さんや助産師さんに安心できるからか、入院して陣痛室に入ってからの方が過ごしやすく感じました。

この時陣痛が遠のいたと言ってもやはり痛みがあるので、看護師さんは少しでも痛みが緩和されるようにと、お腹や腰回りを温める袋のようなものを持ってきてくれました。(イメージ的にはレンチンするあずき袋みたいなやつの腰ベルトバージョン)

温めると確かにとても楽になるので、痛みが緩和されたことも手伝って細切れにだけど眠ることも出来て、割と快適に過ごせたのでした。

朝7時半!内診したら子宮口が5cm開いていた!

『子宮口も5cmくらい開いているね、今日産まれるね!がんばろう!』

朝になって出勤してきた主治医の先生が、内診しておっしゃったのを聞いて、えええ!もう半分来たんだ、結構余裕だったなー、でも痛かったもんなーなんて思っていました。

主人が産院へくるのがお昼の11時くらいの予定だったので、それまでに産まれちゃったらどうしよー!立ち合い間に合うかなあと不安になりながらも、出された朝食もおいしく食べ、陣痛どこいったんだろう?でも子宮口の開きは進んでるから、大丈夫だよね!とゆっくり過ごしていました。

お風呂に入ったら上がれなくなってしまったことなんて忘れるような落ち着いた時間でした。

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