週末実家に帰省してきたのですが、そんな中で改めて実母の言動を見て、自分の幼少期を回想することになった今回の2泊3日の帰省でした。

実母の好きなところも、嫌いなところも再体験してなんだか複雑な気持ちにすらなりました。

でも自分の気持ちや感じ方のルーツを垣間見たことで、なんだか妙に納得したというか、腑に落ちた部分もあります。

実母の嫌いなところは『脅し』と『拒否』の表現方法。

突然ぶっこみますが、再確認した実母の嫌いなところや言動。

  • 私の機嫌を損ねたらうちじゃやっていけないからね(脅し)
  • 挨拶をしない子は家にはあげません(脅し)
  • 〇〇はかわいくないから、△△とあそぼーっと(拒否)

これを今回おみまいされたのは、1歳9か月の私の息子です。

内容的にはわかるんだけど、目指す着地に対しての誘導の仕方が嫌いです。

「脅し」や「拒否」にあたる伝え方が、私は苦手なのだと気づきました。

それによって子どもながらにものすごくマイナスな気持ちに包まれた経験が今でもよみがえるからです。

私は実母の息子への接し方を見て、自分自身の幼少期を息子に重ねるのと同時に、実母に今の自分を重ねてしまいました。

こういう言い方、私もしてるかもしれないなって怖くなったんです。

幼少期母から浴びた、大人にとっては何気ない言葉は子どもの柔らかい頭と柔らかい心に想像以上に突き刺さることもあるのです。

実母にも息子にも自分自身を投影して、ちっちゃい頃の私が求めていたことってなんだっただろうって考えました。

  • 気持ちに共感してほしかった
  • 気持ちの準備や整理がつくまで待ってほしかった
  • その過程に寄り添ってほしかった
  • 出来ないことも受け入れてほしかった

『拒否』と『脅し』ではなくて『共感』と『受容』で行動を促したい、もちろんこれは私の理想論であって、うまくいかないことも多いと思います。

でもそんな言葉を浴びている息子に、そんな言葉を浴びせかけている実母に、私が今できることは通訳することかもしれないと思いました。

  • ババは〇〇がご挨拶してくれなくてさみしいって
  • 〇〇は久しぶりババのお家にきたから緊張したのかな
  • なれてきたら一緒にご挨拶しようね
  • 〇〇が環境になれるまで少し時間がかかるから、ババに待っててもらおうね

これが私のその時の精一杯の対応でした。

そして自分自身がふだん息子にどう伝えているかを思い返しました。

  • 『もう知らない』
  • 『ママいっちゃうよ、バイバイ』

…これって息子の事、拒否してますよね、実母と一緒じゃん、これじゃあだめだって自覚する切っ掛けになりました。

そう、言ってる本人って気づいていないんですよ、自分はいつだって棚の上にいるんです。

私も。

これってすごく怖いことだと思いました。

そこまでするのもあれだけど、ずっとビデオ回しておいて言動を文字おこししたらギョっとしてしまうようなことたくさん口に出しているかもしれないですね。

怖くてできない!っていう前に、いろんな意味で現実的でないので行動に移すことはないでしょうけど。

でも本当に意識の及ばないところで、そういう言動をしているかもしれないというところを認識しておくだけでも無意識からは一歩前進することができるかもしれないし、いくらか変われるのではないかとは思います。

私は相手に受け入れてもらうことに対してものすごくハードルを抱えていて、人の好意は石橋をたたきすぎて壊してきました。

『拒否される』ことが根っこにあり、その前提で人間関係を構築するので、受容の姿勢を見せられても信じて受け止めることが出来ません。

最初から拒否されると構えておけば、いざ拒否された時の傷が浅くて済むという考え方からなかなか抜け出すことが出来ないのです。

だからこそ『相手に受け入れてもらう安心感』を知って育ってほしいなんて切に願ってしまいます。

共感と受容、この二つはこれから時間をかけてでも自分に取り込んでいって、自分の中にも、関わる人にも向けていきたいところだということが明確になりました。

『否定』と『拒否』は、行動や言動に対してのみ発動させる!

だらららっと長くなってしまったけれど、今回のことをまとめると、相手に対しての『否定』と『拒否』は、私はやっぱりしたくない。

でもダメなことってやっぱりある。

挨拶は必要なことだと思うし、例えば子供で言えば食べ物で遊ぶことも好ましくないし、子ども相手とは言え叩かれたりすることも嫌。

『あいさつをしないのはダメ』(あいさつをしないことに対する否定)

『叩くのは嫌!痛いのは嫌!』(叩くことに対しての拒否)

その子本人に対する否定や拒否はしないけれど、行動や言動が好ましくない時にその行為に向けての拒否や否定はいいのではないかというところに至りました。

子どもなんてのはワカランチンなことをやってきますから、否定も拒否もせずに過ごすのは無理です、少なくとも私は。

仏でもなんでもないから優しくも穏やかにもなれないですし、書き連ねた通り面倒くさい気持ちも抱えています。

でも子ども本人のことは受け入れる、その上で言動に対しては拒否や否定も使っていく、というところが今の私の落としどころではないかというところに着地しました。

そんなわけで、イラっとしてつい口が滑ってしまう『もう知らない』や『バイバイ』は封印したいと思います、知らないじゃないよお前の子だよって話なんですけどね、そもそも。

『〇〇の事は好きだけど、それは嫌!』て言ったらいいのでしょうか、うん、子育てに正解なさ過ぎて話が迷走しそうなので、ここで切ります!

実母の好きなところは、その手のやさしさ。

実母トラブルのお話では、実母の嫌なところがフォーカスされてしまいますが、私はやっぱり母が好きなのだと思います。

もちろん上記の通り納得いかずに嫌だと思うところは沢山あります。

でもそれは正直お互い様だと思うのです。

実母も私に対していろいろ思うところはあるでしょう、絶対に。

そんで、そんな中でも実母の好きなところをピックアップすると、やっぱり母の手って魔法の手なんです。

今回も深夜3時、息子が突然ギャーーーっと泣き出してしまった時に、それこそ『どうしたどうした、悲しいの、よしよししようか、可愛いねえ』って言って息子を抱いてトントンして撫でてくれていました。

そしてこの時も息子に自分が重なりました。

母の言葉に傷ついたことも沢山あって、今でも石橋を叩き壊す派の私だけど、あの手と声に救われたことってやっぱり少なくなかったから、衝突しまくってむかつくこともあっても、私は母が嫌いになれない。

アトピーでかゆいと夜中泣きだせば、いつだって起きて薬を塗ってくれた手だし、仕事で落ち込んで帰れば魔法の手でにぎったおにぎりが置いてあったりして。

衝突している真っ最中、いっそ嫌いになれたらいいのにと思うことも何度もあったけど。

恩着せがましいなと思うことがあったり、言い方が気に入らなかったり、不満をあげればキリがない。

嫌だと思っている時はそんな記憶は出てこなくなっていたけれど、母のやさしさもそれこそしっかり貰っていたことを息子に接する実母を見て思い返すことになりました。

自分が母になってみて見えるものも沢山あるのだなと実感します。

そして『24時間戦えますか』世代のジジの子育て論にちょっと心打たれる。

364日仕事をし続けていた自営業の私の父親は、ガッチガチの24時間戦えますか世代だと思います。

父も仕事が忙しかった人なので、学校の行事はオール不参加、家族のレジャー皆無みたいな感じだったのですが、今になって仕事のペースもゆったりと落ち着き、ビックリするほど孫を可愛がってくれます。

結構血も涙もない仕事人間だと思っていた(失礼)のですが、私が子供を出産してからのジジはとても孫煩悩です。

そして私が『しょっちゅーイラついて切れ散らかってるよ私』とボソッと言ったら『子育てなんて子どもと言い争いするもんだ、気にすんな』だって。

予期せぬタイミングでこの記事の話の下りで言う『受容』された感覚にほんわり包まれました。

私が気づけなかっただけで、母からも父からも『受容』はきちんともらえていたのかもしれませんね。

 今回の帰省のまとめ

出産してからは子育てや母娘問題を通して気持ちが動くことが多くって、体は大して動かしていないのに気持ちの動きだけで消耗して疲れてしまったりします。

そして気持ちと体の消耗のバランスがとれていないと体調を崩したりなんかして。

更には息子を通して自分の育った環境とか、過去への脳内トラベルまで出来てしまうものだからなんだかもう動きがありすぎてグッタリな訳なのですが、なんとなく今必要なことなんだろうなと思っています。

母娘問題を通して自分の子育てを見直すことになったりと、いろんな事柄が派生してしまって収拾がつかない状態ではありますが、ひっくるめて貴重なことだなと思うに至っています。

そして消耗してしまうということもありますが、血が繋がっているとはいえ『適度な距離感』はやはり必要だと感じました。

そう思うと実家に頼らざるを得ない状態を回避して、距離感をコントロールできることは大切だと思いました。

実家の助けを無くしては家庭が立ち行かない状況だという背景だと、距離感のコントロールがうまくいかず母娘トラブルが悪化してこじれることにもつながりかねないというのが実感です。

我が家は単純に息子の月齢が進んだこともありますが、保育園に通い始めたことでそのあたりのバランスも整って行ったように思います。

保育園や仕事があると否が応でも距離が出来やすくなるので、結果それがちょうどいい距離感を保つことに一役買ってくれるという結果に繋がっていますので、これからも付かず離れずの距離感で自分自身の消化が追い付く範囲での帰省をしていきます◎

しじみ
気乗りしない時は会わないとか、無理して帰省しないとか、単純だけどそういうの必要ですね。

それでは!

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