母になった2016年、お母さんになるって思ったより全然大変過ぎた。

マタニティブルーなのか産後うつなのか、出産では赤ちゃんと一緒に母親の自分がこの世に生まれて、今までの自分がどっかいっちゃうような、そんな感覚にかられました。

母になって思い知るのは、とにかくとにかく自分の小っささと、余裕のなさ。

イライラしてイライラしてどうしようもなくて、でも逃げる場所もどこにもなくて、苦しくて悲しくてやるせなくて申し訳なくて、産まれて数カ月の子どもにひたすら謝ってみたりして。

ひとつの命を預かることが、こんなにも重たいことだとは。

でもどんな自分も自分だった。

家に子どもとふたりきりで居るとき、ドロドロの感情に飲み込まれることもあって、それなのにいざ誰かの前に出ると平気みたいな顔しちゃう。

長いこと求心力を求められる状況に身を置いていたからか、一歩外へ向かうと自然に調子よくふるまえるし、安定する。

でもそれは取り繕ってるわけでもなくて、ドロドロの時も、外で突然ハツラツ感出すときも、どっちもわたしだと思ってます。

状況に触発されて、出てきやすい面が出てくるので、周りの環境を意識的に自分で整えていくのが効果的なことも、もうめんどくさい自分と数十年向き合ってきて知ってる。

どういう状況の時の自分が、自分の中で居心地がいいか、好ましいか。

それが見つけられれば、外堀を整えることで、居心地の良い自分が出てくる時間が長くなる。

この人といると、素直になれる、ありがとうって言える

ここの場所にいると、優しくなれる

こうしてると、前向きな気持ちになる

こうしてると、ドロドロに飲み込まれやすくなる

こういうシチュエーション、イライラして余裕がなくなっちゃう

自分のなかのネガティブ要素を引っ張り出すものを出来るだけ遠ざけること。

セルフコントロールの中で、大事なことだと思っています。

自分一人だと出来ていたことでも、子どもを抱えると難しいもので、そこで四苦八苦した一年間でした。

仕事を辞めて家にいることで、穏やかな部分を引き出せる母親もいれば、外に向かっていくことで、優しい部分を引き出せる母親もいるでしょう。

人格ってじぶん単体で決まるものじゃなくて、外的要素に触発されて、どの部分が前面に出るかっていうところも大きい気がするなと改めて思いました。

その外的要素で、子どもという存在の大きさ。

良くも悪くも、子どもは母親の気持ちを大きく大きく動かす存在でした。

核家族で子育てって、真っ最中のママじゃないと分かり合えない。

ドロドロしちゃったり、発狂したくなっちゃったり、そういう自分との遭遇率が高いのが、ほんとこれ。

核家族、ワンオペ育児、孤育て、ぼっち育児、このあたり。

子どもの影響がダイレクトに母親に作用するので、消耗度合いが半端なく、それによって引き出される自分は、余裕のないイライラした自分です。

もうこれはね、冷静になった時子どもに申し訳ないわ自分の事嫌いになるわ、ほんと負のループにがっちり引き込まれる角度高めの背景なんですね。

おさまらないギャン泣き

ひっくり返る離乳食

何をしてもさえぎられる後追い

子どもと向き合っていて感じるストレスに関してはこの記事がわかりやすくて共感がありました。

参考サイト子育てを大変だと感じる本当の理由|LICOオフィシャルブログ

それらを母親が一点集中で受けているのが、ワンオペ育児で、物理的、時間的な大変さにも加えて、精神的な部分にものしかかってくるんです。

共働きじゃなければ、家庭で保育して当たり前、っていうのも、何だか核家族化が進んだ現代においては当てはまらない家庭も増えていくんだろうなーと思います。

今持てる選択肢の中で、家族にしっくりくるものを選んでいく。

自分たち家族に、どういう暮らし方がフィットするのか、個々の家庭で考えて、行動していって、大好きな子どもの笑顔と、両親の笑顔がそろうといいなと思います。

やっぱりしんどくても大切で可愛くて可愛くて。

その可愛さが余裕のなさで見えなくなるのは、本当にもったいない。

余裕がないだけで、かわいいはずの息子がかわいいと思えなくなる。

そんな悲しいことないって頭ではわかってるのに、実際にはそういう場面に幾度となく遭遇することになってしまう。

2017年、子どものかわいさを堪能できる年にできるように、家族のバランスを模索していきます。

みなさまもどうか、子どもの可愛さ、家族のあたたかさが堪能できるいい年になりますように。

よいお年を

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